あの日の話

うたうように話す。

壊れた花瓶と新しい花瓶

壊れた花瓶を必死に直すより、新しい花瓶を手に入れた方が良い。

 

長年大事にしてきたお気に入りの花瓶が壊れてしまったと、ある女性が泣いている。

また新しいものを買えば良いじゃない。

友人にそう慰められると、かえって女性は怒ってしまった。

 

この花瓶じゃなきゃダメなの。この花瓶のなめらかな曲線と、質感。乳白色のベースに、鮮やかな青に金箔が散らされた模様。こんな素敵な花瓶は他にはないでしょう。私は何年もこの花瓶だけに色んな花を生けてきた。春夏秋冬をともにした、私の生活の一部なのよ。

あなたには分からない。あなたには。

 

友人は答えた。

うん、分からない。

でも、その花瓶じゃなきゃだめだというのは、事実じゃなくてあなたの妄想だ。他の花瓶に出会うことすら拒否しながら、そんなこと言ってるんだからね。

あなたは今、不幸だ。毎日飽きもせず壊れた花瓶のかけらを集めて泣いている。世界中の技術を駆使すればこの花瓶を直せるかもしれないと一縷の望みに身を寄せているんだろう?でもそれは果たしていつのことになるんだろう。先の見えない不安にかえって涙が押し寄せている。

 

他の花瓶にしたって「やっぱりあの花瓶がよかつた」と後悔することを恐れているんだね。でもそれは案外簡単に解決できるんだよ。後悔しなければ良いだけのことだ。壊れた花瓶を元どおりにすることより、後悔しないことのほうがずっと簡単だよ。長年愛したその花瓶のことも、最初は何も知らなかった。0からのスタートだったでしょう?同じことをまた始める、ただそれだけのこと。そこに少しの強さがあればいい。

 

あなたは今、不幸だ。今に目を背けたまま、望んだ未来はきやしない。

みんな心配しているよ。みんなあなたには笑っていてほしいから。

 

 

 

数日後、女性の家に新しい花瓶がやってきた。

新しい花瓶の隣には、ボンドで無理やりくっついた壊れた花瓶が置いてある。

 

まだ捨てる勇気はなくて。

 

でも、新しい花瓶も、綺麗だね。

 

 

女性はそう言うと、柔らかく微笑んだ。